チャイムが鳴り終わるのとほぼ同時に席を立つ。
今日はこっちでいいか。食堂は歩いて片道5分。しかもそのあと行列なので近頃行ってないし、下の階に来る弁当屋の列に並ぶのもなんとなく面倒だったので、事務所を出て左側、廊下の脇の”一番の近場”であるパンの自販機へ。
2番手に並んだ。雨の日は特に込むので、早めに出て来て正解だ。並ぶときいつも考えるのが、硬貨をいれる、ボタンを押す、パンが落ちてくる、釣りをとる、取り出し口の扉を押してパンをとる。までの一連の動作。回転するスプリングにはさまれたパンの落ちてくる動作が実にゆっくりであり、買う人間は俺を含めて大半が2個のパンを買うので、必然的に後ろの行列が延びていく。
(遅せーなー、何を選ぶかくらい自販機の前に立つ前に決めとけよ。)
腹の中で叫びつつ、自分が買う手順を頭の中でシミュレーションしてみる。
(小銭が500円玉と3枚の10円玉しかない。最初510円を入れて、110円の明太子フランス(パン)を買う。パンが落ちる間に先に落ちる釣りの400円をとって、200円を投入し、2つ目のパン...いやいや、今日は(同じ自販機で売られている)カップラーメンにしよう)
とか考えるうちに自分の番になった。手順どおりにカップラーメンのボタンを押し、釣りをとって取り出し口の扉を押すと、開かない....あっ、明太子フランスの上にカップラーメンが乗っかって、扉を開けられなくしてしまってる!!
軽く何回か叩いても扉が開く状態にならず、とりあえず「すいませーん、詰まらせちゃいました。」といいながら振り返ったら既に10人くらいの列になっていた。やばい。直前の俺と同じくちょっとイライラしている人々だ。
とテンパるのもつかの間、最前列(つまりは俺の真後ろ)の彼女が「あははっ。」と笑った。
可愛い笑顔に救われた気がして我に返った俺は、ラーメンのカップをつぶす覚悟でもう一度グイと扉を押した。あっさりとカップは落下し、無事に取り出すことが出来た。
「失礼しました〜」と行列を後にしながら、(あんなふうに笑ってくれる女の子っていいな〜)と、にわかな恋に落ちつつ、(もう1回顔を見とけばよかったなぁ〜)と考える。
同じビルに何百人も入っている職場ではあるが、探せば見つけること出来るともできるだろう。でも、また昼休みに出会える偶然を願ったりする。
近頃こんな風に恋することが増えた。寂しいのかな、やっぱり。
とか考えるうちに特徴を失っていく彼女の顔は、やがて美しい虚像となって俺の胸に刻み込まれる。
万一後日に「あのときの!」と言われても、「どちら様でしたっけ。」となるのはほぼ間違いない。